めも箱

サラリーマン研究者のブログ

ヴァイオリンのニス塗装に関するHSP的考察(2)

 先日のヴァイオリンのニス記事に関して、daddylongbodyさんがとても勉強になる記事を更新されておられた。


 記事を読みながら、材料選定や塗装にものすごいノウハウが必要になる世界と改めて感じた。私は小さい頃から打楽器をかじっているが、材質や楽器にかける負荷がわずかに違うだけで音質ががらりと変わることは身をもって体験している。コロナ禍のいま楽器に触らなくなって久しいが、いい音を模索する時間はかけがえのないひとときだったと思う。


 さて、今回はdaddylongbodyさん記事で取り上げられている、アルコールニス用樹脂の溶剤に対する親和性をハンセン溶解度パラメータ(HSP)の観点で考察した。具体的には、下記に示した樹脂の成分をHSP解析ソフトを用いて解析し、溶剤(エタノール)のHSP値との遠近で評価した。

1. シェラック(シェロリン酸、アロイリット酸)
シェラック - Wikipedia

2. ベンゾエ(安息香酸)
安息香 - Wikipedia

3. サンダラック(ピマール酸)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shokueishi/47/2/47_2_76/_pdf/-char/ja
(Identification of the Main Constituents in Sandarac Resin, a Natural Gum Base)

4. コーパル(コムニン酸)
https://www.jifpro.or.jp/cgi-bin/ntr/documents/NET4254.pdf(熱帯樹木の成分と利用)

5. マスティック(αピネン)
https://link.springer.com/content/pdf/10.1007/s13659-014-0033-3.pdf(Chemical Composition of the Essential Oil of Mastic Gum and their Antibacterial Activity Against Drug-Resistant Helicobacter pylori)

 結果を表1に示す。対エタノールではシェラックのHSP値が近く、最も溶けやすい組み合わせと考えられる。これにベンゾエ、サンダラック等の別の樹脂(エタノールとは比較的親和性が低い)を加えながら樹脂とエタノールHSP値間距離を遠くすることによって、溶解性と塗装後の乾燥性のバランスを担保していると予想される。

ヴァイオリンのニス塗装に関するHSP的考察(1)

 ヴァイオリンの塗装に使用されるニス(オイルニス、アルコールニス)に関して、daddylongbodyさんの興味深い記事を見つけた。

 音楽を少しばかりかじった身としては、そんな単純な話ではないとは承知であるが、溶解度パラメータを切り口に考察できたら面白いのではないかと思い、手始めに2種類のニスについて、ハンセン溶解度パラメータ(HSP値)を用いて考察を試みた。なお今回は、松脂の成分をアビエチン酸、オイルニスおよびアルコールニスの溶剤として使用されるテレピン油およびアルコールの成分を、それぞれピネンとエタノールとして、各成分のHSP値を算出し親和性を考察した。

 各材料のHSP値は表1の通りである。値はすべてHSP解析ソフトに掲載されているものを使用した。恐らくアビエチン酸やピネンは、構造式に起因するパラメータを用いて算出する原子団寄与法に基づいて求められた計算値であると考えられる。より正確な値を求めるためには、溶解試験(松脂)や混合試験(テレピン油)による算出が望ましいだろう。また、表1の右列には、松脂と各溶剤とのHSP値間距離を記載している。この値から松脂と化学的な相性が良い溶剤はピネン(テレピン油)と考えられる。参考として、HSP値間距離を定性的に理解するための図を示した。松脂とピネン間距離がエタノールとの距離よりも小さくなっていることが理解できると思う。

 さて、結果だけを見ると「松脂と相性の良いオイルニスでいいじゃないか」と思われるかもしれないが、そう簡単なものではないようだ。ニスを作製するだけであれば松脂と溶剤間の相性で話は済むのだが、塗装・乾燥プロセスまで目を向けると、塗布対象も含めた3体相性問題を考えなくてはならない。
 別の記事によると、オイルニスとアルコールニスはそれぞれ以下のような特徴を持つようだ。

オイルニスの特徴
・塗装作業が簡単
・柔らかく仕上がるがべたつきやすい
・使えるニスの種類が少ない
・調合作業が大変

アルコールニスの特徴
・塗装が難しく技術が必要
・使えるニスの種類が多い
・調合が比較的簡単
・柔らかいニスが難しい
・乾きやすい

 簡単にまとめるならば、オイルニスは「塗工しやすいがべたつきやすい」反面、アルコールニスは「塗工しにくいがべたつきにくい」と言うことができ、塗布対象である木材表面の性質を考慮することで考察できる。
 木材表面は疎水性(親油性)と考えられ、有機溶剤であるテレピン油に対して濡れ性が良く、親水的なアルコール溶剤に対しては濡れ性は悪くなる。塗心地の差はこの部分に起因すると考えられる。また、テレピン油は高沸点かつ松脂のHSP値と近すぎる(馴染みが良すぎる)がゆえに揮発しにくく、べたつきの原因になっていると考えられる。その点、アルコール溶剤は沸点も低く松脂のHSP値と離れているために容易に揮発しやすく、べたつかないと考えられる。

 人間関係よろしく、つかずはなれず が大事、といったところだろうか。

大枚はたいて本買った

 以前の記事で取り上げた、ハンセン溶解度パラメータに関するを私費で購入した。消費税込みで約7万円、コロナ給付金で購入したことにしておこう。

 通常、技術書は会社費用で買うことが多いのだが、自分の専門性を本気で高めるべく、残業中の変なテンションでポチッてしまっていた。

部屋で電気をつけない

 自分の五感のなかで一番どこが敏感か、そんなことを考えている。

 考えるきっかけとなったのが、オリラジあっちゃんのYouTube大学で取り扱っていた「繊細さん※1」の動画である。「繊細さん」にも種類があるようで、自分のなかで一番感受性の高い器官を認識しておくことが大事なんだそうだ。

 自分が「繊細さん」であるかどうかはさて置いて、自分の五感のなかで感度が高いものはなんだろうかと思いを巡らせている。

 そこで、タイトルの話に繋がる。

 私は家にいるとき、滅多に電気をつけないのだ。リビングはもちろん、トイレ、洗面代、お風呂でさえ付けることは少ない。さすがに夜は厳しいので、リビングでは机の上の照明を1つ付けて生活しているが、水回りはまるで付けない。理由は簡単、とにかく落ち着くのだ。

 音楽をかじっている身としては、聴覚が敏感だろうと思い込んでいたが、案外視覚優位な人間なのかもしれない。

Seeing is believing.



※1 正確にはHSP(Highly Sensitive Person)と呼ばれる。前回記事で取り上げたハンセン溶解度パラメータと字面は同じだが、世の中的には「繊細さん」の意味で多く使用されているようだ。

【研究紹介】毛髪に対する馴染みやすさの評価

 現在自分が興味を持っている技術に関して、面白い記事を見つけた。

毛髪のキューティクルおよびコルテックスの“なじみやすさ”の指標を算出することに成功 | DEVELOPMENT | 株式会社アリミノ

HSP値ってなに?

 この記事で述べられているハンセン溶解度パラメータ(以下、HSP値)とは、ものとものとの相性(馴染みやすさ、親和性)を数値的に表すことができる技術である。
 詳細は他に譲る(時間があれば記事にしてみたい)が、考え方のポイントは次の4つであり、この記事では主に1と2について言及している。

  1. HSP値は3種類の分子間力に起因する3つの値で構成される。
     例)物質AのHSP値:(●、▲、■)
  2. 物質にはそれぞれ固有のHSP値がある。
     例)物質BのHSP値:(○、△、□)
     結果として物質AのHSP値と同じ値になる場合もある。
  3. HSP値は3つの値を軸に構成される3D空間上の点として表現できる。
  4. 3D空間上の点間距離が違い物質通しは相性が良い(良く馴染む)

どうやってHSP値を求めるの?

 この記事では、髪の毛のHSP値が重要な指標として取り扱われているが、どのように算出したのかについては詳しく記載されていない。恐らく、多種溶媒を用いた実験結果をもとに解析的に求めていると考えられる。
 評価の流れは、おおよそ下記の通りであろう。

  1. HSP値が既知(=空間上の座標が既知)な溶媒を準備する。
  2. その溶媒で何らかの実験を試み、評価試料にとって馴染みの良い溶媒と悪い溶媒に分ける。
  3. 良い溶媒だけが集合する領域を専用ソフトで描く。
  4. その領域の中心を試料のHSP値として求める。

 この2の部分について、髪の毛の構造ごとにそく亭方法を変えて評価している。

毛髪外部(キューティクル):

毛髪を溶媒に浸けたときの表面の状態変化を走査型電子顕微鏡SEM)にて評価

記事には引張試験とも記載されていたことから、毛髪の引張強度と溶媒浸透度合のダブルの視点で良い溶媒と悪い溶媒を選別していると思われる(この場合、溶媒が浸透して引張強度が低いものが良い溶媒と考えられる)。

毛髪内部(コルテックス)のHSP

毛髪を溶媒に浸けたときの内部構造の変化を高圧示差走査熱量測定にて評価

熱量測定をかじったことがないので予想の域を出ないが、溶媒浸透によるタンパク質構造変化をモニターしていると想定している。

HSP値からなにが分かったの?

 記事によると、毛髪の外部(キューティクル)は親油性である一方、内部(コルテックス)は親水性のマトリックスの中に親油性のタンパク(ミクロフィブリル)が含まれる構造になっているらしい。

HSP値をどう活用するの?

 HSP値のポイントの部分で説明した「点の距離で馴染みやすさを議論する」ことがここで活用できる。具体的には、毛髪成分のHSP値に近くなるような材料設計が次の手だてであろう。例えば毛髪内部のマトリックスに浸透させたい場合であれば、マトリックスHSP値に近い親水的な材料を探せば良いことになる。しかし、毛髪外部が親油性であることを考えると100%親水的でもダメであることは明らかであり、親油性とのバランスが大事になってくる。となってくると、界面活性剤のアプローチになりそうと予想する。HLB値との関連性も気になるところ。